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「のんびり行こうよ」 赤城智美 アトピッ子地球の子ネットワーク事務局長 第四回

1999.06.01
「のんびり行こうよ」は、『アトピー最前線』50号(1999年4月号)~ 68号(2000年11月号)に不定期連載された、アトピー・アレルギー性疾患をもつ子どもの子育て奮戦記です。

4回 子どもを預けて働く

 産休が明けて、いよいよ「子どもを預けて働く」という他人ごとのような想像の世界が、現実になってしまいました。
 先生の自宅で23人の子どもを保育するという、区が実施する「保育ママさん」制度を利用して、週3回お世話になったのですが、これは生後6カ月から1歳半までの長きにわたって続きました。この時期はちょうど離乳期にかかり、子育てでいちばん不安だったときに先生と二人三脚で過ごせた感があり、今思うとほんとうにありがたかったなあと思います。そのうえ、保育ママさんに預けたことで、副次的な宝物もできてしまいました。
 それは、先生から記録を指示されたノートでした。
 子どもを預けた日も預けなかった日も、1日も欠かさず子どもの食事記録をつけ、どんな様子で過ごしたかということを、相互に連絡しあいながら機嫌や体調を観察するのです。子どもに変調が見られたときには、記録ノートを見ながら「昨日から少し機嫌が悪かったからもう少し様子を見ようかな」とか「突然の変化だから少し注意して早めに病院に行こう」などと判断するのに役立てるわけです。
 お母さんがずっと子どものそばにいられれば、「伝達」する必要はないのですが、1日おきに長い時間そばにいる人が変わるわけですから、これは絶対必要なノートだったのです。
 ところがこれは、あとになって「食物日誌」として、アレルギーの発症や経過を見るのにとても役立つ資料となり、わが子にとっては医師のカルテと同じくらい貴重なものになったのです。
 離乳食を始めると、ほっぺが切れて体液が出たり、真っ赤になったり、ゲリをする、鼻水が出る、微熱が何日も続くといった多彩な症状が出始めました。当時は、喉の奥がいつもゼロゼロ痰がひっかかったような、まるでネコみたいな息をしていました。一見「いつも風邪をひいている感じ」なのです。
 あまりいつものことなので、この子は風邪をひきやすい子なのだと思い込み、症状が気にならなくなった時期がありました。
 そんなとき、たまたまウイルスによる本当の風邪をひきました。吐いたり下したり大騒ぎになって、45日のあいだ白湯とおもゆしか食べられなくなりました。すると、日ごろの不調がウソのように引いていくのがわかりました。
 わが子は本当は色白でした。鼻の下もほっぺも赤くないのがふつうだったのです。「この子の肌って本当はすべすべしてきれいなんだなあ」と思いました。そしてオムツの実験のことを思い出しました。今度はなんだろう?
 先生への伝達に使っていた記録ノートを全部ひっくり返して、具合の悪かった日、機嫌の悪かった日、ほっぺがとくに痛そうだった日に付箋をつけてみました。これかなと気づいたものがいくつかありました。卵ボーロをたくさん食べた日、風の吹く日に外で遊んだとき、いり卵を食べた翌日......でも確信がもてません。
 その日から、ただ単純に食べたものを記録するのではなく、「これを食べるとどうなるか」という観察をするつもりで、11品の食べ物を記録してみました。
 その結果、おしょうゆの味付けをしたものを食べると口の周りがサーッと赤くなる。油モノを食べた翌日は皮膚の状態もお腹の調子もよくない。ということを発見しました。
 伝達用の記録ノートが食物日誌に変わったころ、保育園の受け入れが決まり、やっとわかりかけた「食べ物とわが子のからだの関係」については、残念ながら少しのあいだ頓挫することになってしまいました。

※『アトピー最前線』52号(19996月号)より転載